挑戦する人を叩いてばかりいると、自分が挑戦する時の足かせになる

ネットでは誰もが意見を言えるということもあって、何か新しいことに挑戦するといった場合に厳しいことを言ってくる人もいます。

誰でもいろんな意見が言えるのがネットの良いところでもあるので、それ自体は悪いことではないです。

僕自身もすべてに同調するわけではありませんし、これは違うと思うことも当然あります。

でも何かに挑戦する人をずっと叩いてばかりいると、いざ自分が挑戦したいと思ったときに足かせになってしまうのではないかと思うのですよ。

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自分も叩かれるかもという恐怖心

ネットでもテレビでもそうですが、何かに挑戦して失敗していたり失敗しそうになっているとめちゃくちゃバカにしたり叩いたりしますよね。

でも自分が何かをしたいと思って挑戦しようと思ったときに、その叩いていた経験がそのまま自分に返ってくるんです。

つまり「自分が挑戦したら見知らぬ誰かに叩かれるんじゃないか」という思考ですね。

「このイラストはクソ」
「この音楽はクソ」
「この作品はクソ」
「こんな事業上手くいくわけない」

こういうことばかりずっと言っていた経験が、やりたいことができた時の自分を縛り付けるんです。

実際、何かを発信したり作品を発表するとまず叩かれますし、有名であればあるほどその量も増えます。

でも実際に発表して良い意見も悪い意見も浴びるのと、発表が怖くて何もしないのとでは明らかに前者の方が前に進んでいます。

ダメな部分を指摘するのは悪いことではないのですが、そればかりしていると自分の挑戦も叩かれるかもしれないという思考に支配されてしまいます。

自分の理想というハードルがどんどん上がる

ネットを見ていると0か100か、黒か白かという思考の人が多いような気がするんですよね。

でも実際に僕らが生きている現実はそこまで綺麗さっぱり割り切れるものでもないし、技術的には40だったり60の人もいるわけです。

性格で見ても真っ黒と真っ白の人よりも、もっとグラデーションがあって濃さの違うグレーの人がほとんどだと思います。

挑戦してる人も同じで、100の技術を持った人、真っ白な心で臨んでいる人ってまずいないと思うんですよ。

そうした人を叩いていくことで、その叩いていた経験がそのまま自分の挑戦のハードルとなってのしかかってくるわけですね。

「これは完璧じゃないからまだ発表できない・・・」
「これは完璧じゃないからまだ進むことはできない・・・」

そうして自分の納得するハードルに達することができなくて辞めてしまう、ということもあります。

他人に厳しく自分に甘いという人もいるかもしれませんが、ずっと叩き続けているとそのハードルが染みついているので無意識的にも自分が納得できなくなっちゃうんですよね。

上でも書きましたが、ずっと叩いていたからこそ他人の目が必要以上に気になっちゃうんです。

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結局のところ、やってみなくちゃわからない

挑戦が上手くいってない時に叩くなんてことは誰にでもできます。

でも上手くいくわけないと言われながらも成功している人だってたくさんいるわけです。

最悪やってみてダメで引き際だなと思ったらやめちゃっていいと思います。

ほかに興味出てきたらそっちをやってみるのもいいでしょう。

でも自分が叩かれるのを恐れてやめてしまったりするのってかなりもったいなくないですか?

自分がダメだと勝手に思っているだけで、もしかしたらあなたに賛同してくれる人もいるかもしれないし、作品であればファンだってできるかもしれませんよ。

興味出たらちょっとでもかじってみればいいのになと思います。

おわりに

ということで、今回は叩いてばかりいると挑戦しづらい思考になるよ、というお話でした。

別に綺麗事でもなんでもなく、何かに挑戦しようとしたり作品を生み出している人はみんなそれだけで尊いと思います。