大学4年生の頃、人生で初めて耳が聞こえなくなったことがある。
いや、実際にはまったく聞こえないというわけではない。
正確に言えば右耳だけが聞こえにくくなったのだ。
医師には耳に異常がないという診断を下され、余計に怖くなってしまったのだが、薬を飲んで数日静かに療養したらすっかり治ったので本当に良かった。
調べてみると睡眠不足やストレス的なもので耳が聞こえにくくなることがあるらしい。
思い当たるフシはかなりあったのでそれからは睡眠やストレスに関しては注意を払っている。

ところで、診察を受けている時。
「一応、鼻をかんだりくしゃみをしたりしないようにしてください」と言われた。
中耳炎などを懸念して耳に負担がかからないようにという事だろう。
ただ、鼻をかむ事を我慢するのはなんとかなりそうだが、くしゃみはどうにもならないだろう。
あくびやおならを我慢するのとはわけが違う。
くしゃみがしたくなったらどうやって回避しようか。
そう考えていたが結局その数日はくしゃみが出なかったので杞憂に終わった。
くしゃみ。
そう、くしゃみとは我慢がしづらいものであるが故に一番人間が油断し、素が出てしまうものだ。

人がくしゃみをしそうな瀬戸際のあの顔はなんとも言いがたいものだ。
くしゃみの音も人それぞれのスタイルがあって非常に趣深いものがある。
特に、ガタイが良くてTHE男というかTHE漢というか、そういう筋肉質で体毛がたくさん生えていそうなむさ苦しい男が放つ「くちゅん!」というくしゃみ音は非常に好感を持てる。
ギャップが成せる技だろうか。
猛々しい人が「くしゅん!」とか「くちゅん!」とか言ってるのを聞くだけでなんだか幸せな気分になってしまう。
いかつい体育会系の兄ちゃんが「くちゅん!」
嫌いな上司が「くちゅん!」
竹内力が「くちゅん!」
想像してみてください。
なんだか幸せな気分になってきたでしょう。
でも仮に、そんな男がうるっさいホントにうるっさい「はあああああっくしょん!!」というくしゃみをするのも
「そうそう!これこれ!これなんだよな~」という安心感がある。
「待ってました!そうこなくっちゃ!」みたいなアレである。
「やっぱ王道もいいよね~」みたいなアレである。
◆
だがしかし、逆にダメなくしゃみというのもある。
凄く美人で清楚なお姉さまがウルトラマンみたいな「へあっ!!」というくしゃみをしていたのを見たことがある。
「へあっ!!」ですよ。
事もあろうに連続式の「へあっ!!!へああああっ!!!!ヘアッ!」ということもある。
これはもう本当にダメダメなくしゃみである。
清楚なお姉さまにこそ「くしゅん!」や「くちゅん!」を使用していただきたい。
使用していただきたいが、そんな人だからこそ、逆にウルトラマンくしゃみにキュンとしてしまうというこの気持ちが理解できるだろうか。
なんか完璧じゃない美しさというか、人間にはそういうダメな部分も必要だと思う。
ちなみに僕のくしゃみはツバが吹き飛ぶような「びしゃっ」というくしゃみ音である。
これはもう汚らしすぎてダメダメなくしゃみ音である。
◆
耳の調子が治るようにダメなくしゃみも治せたらいいのになと思うが、くしゃみだけは治せるものじゃないし、いくら我慢しても出てしまう時はある。
そう、くしゃみの矯正だけはほぼ不可能であると言ってもいい。
実際、なんでも知っているグーグル先生に「くしゃみ 矯正」で検索をかけてもそれらしい矯正方法が見つからない。
くしゃみとはその人が持つ絶対的に変えられないものであり、どんなに取り繕っても素が出てしまう。
くしゃみでなくとも人には生まれ持ったものがあり、中には変えられない部分もあるだろう。
変えることの出来ない良い部分も悪い部分も、その人の個性として面白く付き合っていけたらいいな
と思いながら僕は今日も他人のくしゃみを気にして生きていくのであった。